DXが叫ばれ始めて数年が経ちました。コロナ禍ではDXを主題にしたリモート講演が数多く開催されています。コロナ禍で日本社会、政府、企業などの諸組織において、デジタル社会への対応が先進諸国と比べて周回いや2周回遅れとなっている事実が浮かび上がってきました。
日本人はそもそも社会諸制度等の変化に鈍感な民族です。しかし、明治維新や1945年8月の先の大戦の敗戦を受けた急激な大変化には上手く対応できました。そのような原体験もあります。何と変わった民族なのでしょうか。
昨日はノーベル経済学賞の受賞者が発表されました。今年は自然実験を通じて因果関係を分析した米国の3名が受賞しました。アンケート等質問票の回答による分析から、無作為な実験等を通じての分析手法へと発展させたというのです。浅学な私にはよく分かりませんが、帰納法的な手法を活用したということでしょうか。
経済学の世界では行動経済学という分野があります。人は客観的に合理的な判断をしないこともあるという事実を証明した学問です。経済学に心理学を取り込んで、非合理的な判断を人が何故してしまうのかを究明しています。この行動経済学の考え方から、「何故、日本ではDXが急激に進まないのだろうか」という疑問の答えを導き出してみたいと思います。
行動経済学では価値関数という概念があります。縦軸に心の動きを掲げます。上部には「嬉しさ」を下部には「悲しさ」をあげます。横軸は金銭を採ります。右側は「利得(儲け)」を左側には「損失」をあげます。両軸の交点を「参照点」と言います。人は何かしらの経済活動をした結果の心理状態を表化すると、参照点から右上にカーブ(曲線)を描きます。但し、これは「儲かった」「得をした」というときの心理状態です。「失敗した」「損をした」という時のカーブは右下に描かれます。
右上又は右下のカーブは曲線であり、直線ではありません。例えば「ビールを飲む」という行動では、最初の一杯が「美味しい!」と強烈に感じますが、その後は美味しさ感は徐々に薄れてきます。このように、曲線の角度は最初は急でその後は緩やかになります。
右上カーブの「嬉しさ」感と右下カーブの「悲しさ」感とは同じ程度の心理的強度を持つのか、ということが気になります。行動経済学は「同じではない」と結論付けています。「悲しさ」は「嬉しさ」の2.25倍の強さを持っているというのです。「失う」ことに人は強い不安感を持つのです。
ここでDX問題に戻りましょう。日本は人口1億2500万人、GDPは約550兆円ですので、国内企業は日本市場だけでそれなりの商売ができるのです。隣国の韓国(人口約52百万人)や台湾(同23百万人)とは違い巨大な市場が日本国内にあります。韓国と台湾の企業は、小さい国内市場だけでは企業存続ができない為に、必然的に外需、すなわち国際市場で勝負をしていかないといけないのです。
「贅沢な国内市場でそれなりに生き残っていける」ことが、経営者を内向きにさせています。「失敗したときは、今の売上と利益を全て失ってしまうかも知れない」と考えてしまうのです。「儲かっている」ことで、リスクに挑戦する起業家精神を奪ってしまっているのです。「今の利益」を失うことに心を奪われているのです。しかし「今の利益」は将来的に安定しているとは言えません。
今日(10月12日)の日本経済新聞には、中国のEXメーカーが日本の商用車市場に自社のEVを売り込んでいるという記事が掲載されていました。その台数は2~3万台です。運送会社へ売り込んでいるようです。日本の商用車メーカーのEV対応が遅れている証左です。
「今、儲かっている」と考えるのではなく、「本来の水準からして儲かっていない(損失を出している)」と発想を考えると事態は逆転します。先の価値関数からは「参照点」から右下の曲線の心理状態になるのです。よって経営者心理は、「現状維持」ではなく「リスクを取ってでも挑戦する」という心理へと逆転するはずです。この経営者心理の逆転が、DXを急速に進める原動力となります。
「今が良い」ではなく「今は悪い」と考え方を変えるのです。そうして考えると「何らかの手を打たないといけない」と積極的な行動を取らざるを得なくなるのです。