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大学入試・国語試験の記述式導入に思う

 来年に予定されていた大学入試に関連する懸案事項で、民間の英語検定試験を活用する制度がドタキャンで中止となりました。受験生や親御さんの心中は、ほっとした感情やこれまで振り回されてきたことへの憤りなど複雑な心情であることに相違ないでしょう。既に成人し社会人として日本のために日々仕事に精を出す3名の子供がいる私にとって、「もし3人のうち誰かがこの騒動に巻き込まれていたら・・・」と思わざるを得ません。

 この民間の英語試験機関問題が落着した後に、今度は国語試験で記述式が採用されることに疑問や批判の声が上がっているようです。複雑な採点方法に課題があるからだそうです。野党は国会審議で追及する構えです。このように動きに私は危惧しています。「採点が複雑で、かつ採点する採点官の能力に疑問符がつくから実施するのはダメだ」という主張は、新たな挑戦を始めようすることに対する後ろ向きで否定的な見解に過ぎません。

 世の中には完璧な人はいません。よって「人は必ずミスをする」という前提で多様な仕組みが作られています。それでもミスが発生し、被害者となった当事者に対しては救済措置を講ずる。このようなセイフティーネットも用意する。このように二重三重の「ミスをしない、させない。ミスがあった時の救済を事前に用意しておく」というシステム化された仕組みの存在が、あるコトを行う際には絶対に必要なのです。

 今回の国語試験の記述式に、私が言及したような仕組みが用意されているのかは私は知りません。しかし、だからと言って「現状のルールが絶対によく、新規導入する仕組みは絶対に悪い」と決めつけてしまうと、結果的には社会の発展にはつながりません。残念なことですが、日本がGDP世界第3位の経済大国といっても、1人当りに転換すると世界の順位は20位半ばへと急落します。1990年代初頭までは片手に収まる順位だったのですが...。今や日本全体に閉塞感があり、「もっと良い社会の実現を」とほとばしる熱情は消え失せました。

 個々の大学入試では、従来型の筆記試験の他にAO入試や論文試験など多様な試験制度が既に実施されています。対象高校生を網羅する全国共通テストだからダセメ!というのは合点がいきません。こんなことに国会論議の時間を費やして戴きたくはありません。10月に多発した災害復興に係る審議に時間をかけて欲しい。そう願っている私です。